≪動詞で考える演技WS Vol.16≫
「なぜ、そうするのか?」
「どうやって、伝えるのか?」
「聞く」「働きかける」という動詞をテコにして、
アメリカ南部を代表する劇作家の短編戯曲を使用します。日常のリアルな口語からあえて距離を置き、文学的で骨太な海外戯曲の言葉に身を任せることで、内面の感情だけに頼らない、ダイナミックで精緻な演技感覚を養います。
★主な内容(予定)
- 集中とリラックスのための体操とエクササイズ
- 短編戯曲を使ったチャレンジ&ディスカッション
- 「長・中・短期の動詞」による実践的な行動読解とシーン創作
※頭と心、そして身体をフルに動かしていくワークです。
※動きやすい服装と上履きをご用意ください。
※使用テキストは追ってお渡しします。
- 日時: 9月26日(土)・27日(日) 13:00~17:00
(※9月以降、毎月2日ずつ定期開催予定) - 場所: 東京都世田谷区内スタジオ(※詳細は応募者の方に個別にお送りします)
- 参加費: 6,000円(当日お支払いください)
- 定員: 少人数制(10名程度まで)
- 参加資格: 年齢不問、演技経験1年以上の方で上記日程にすべて参加できる方
◆ ご用意いただくもの- 動きやすい服装、上履き
- 筆記用具
※お申し込み受付後、事前にテキスト(戯曲)をお送りします。 - 指定シーンのセリフを覚えてご参加ください。
また、劇団公式各SNS(X、Instagram、Facebook)のダイレクトメッセージ(DM)でのお申し込みも同様の消し式で承っております。
アトリエ・センターフォワード
E-mail: info@centerfw.net
舞台上で「生きる」ために、私は長年「動詞で考える」という手法を追求してきました。
<備考>
食事などの長い休憩は取りません。だいたい15分程度の休憩が90分ごとに入ると思われます。
水分補給などは適宜なさってください。
≪過去のワークショップは下記URLをご参照ください≫
https://centerfw.net/category/workshop
ハラスメント防止ガイドライン(安心してご参加いただくために)
アトリエ・センターフォワードでは、すべての参加者が心身ともに安全な環境で創作・訓練に集中できるよう、以下の通りハラスメント防止に努めます。
●あらゆるハラスメントの禁止: 指導者・参加者という立場に関わらず、性別、年齢、キャリア、人種などに関する差別的な発言や、個人の尊厳を傷つけるあらゆる言動(パワーハラスメント、セクシャルハラスメントなど)を行いません。
●身体的接触への配慮: ワーク中、身体的な接触が必要となる場合は、必ず事前に説明を行い、本人の同意を確認した上で実施します。不必要な接触や、過度な負荷をかける演技の強要はいたしません。
●安全な心の境界線:個人のプライバシーや内面に深く立ち入るような表現を求めることはいたしません。ワーク中に心理的・身体的な負担を感じた場合は、いつでも休憩や見学を申し出ることができます。その選択によって不利益を被ることは一切ありません。
●相談窓口の設置:万が一、ワークショップ中やその前後に不快な思いをされたり、不安を感じたりした場合は、主宰(矢内)または劇団窓口(info@centerfw.net)までいつでもご相談ください。プライバシーを厳守し、誠実に対応いたします。
互いの尊厳を尊重し合い、対等な関係のなかで、のびのびと新しい表現に挑戦できる場を共に創っていきましょう。
ご不明な点がありましたら、気軽にご連絡くださいませ。
アトリエ・センターフォワード
E-mail: info@centerfw.net

講師・矢内文章
1971年生。劇団俳優座研究生修了。東京学芸大学卒。
『BENT』『エンジェルス・イン・アメリカ』 (TPT/読売演劇大賞優秀作品賞他受賞) や『バーム・イン・ギリヤド』『1945』 (the company) などのR.A.アッカーマン演出作品に数多く出演後、俳優としてだけでなく劇作家・演出家としても作品を発表するために、2008年、演劇ユニット「アトリエ・センターフォワード」を結成。全作品の劇作・演出・出演を担当。
「動詞で考える」をキーワードに、社会が抱える構造的問題と人物の葛藤に正面からぶつかり、厳しい状況下で懸命に生きるからこそ生まれるユーモアを大切に、「硬質でいて軽やか、精緻かつダイナミックな表現」を目指し、創作している。
また、同キーワードのもと演技ワークショップや演劇講師としても活動中。
今、なにをしているのか? それはなぜか? どうやってするのか?
これを問いかけ続けることで、作品や役への理解を深め、舞台上やカメラの前で「生きる」ことができます。
動詞をテコにして振り幅の大きい力強い表現を創りだす方法です。
俳優として
俳優は、作品の台本をもらったら、その作品を分析し、自分の役がどんな人物なのか、どんな役回りなのかを研究して、それを舞台上で体現します。
その「体現する」ためのひとつの拠り所となる考え方です。
「PLAY」は名詞でもあり動詞でもあります。自分の気持ちや状態は準備段階でしっかり持って、舞台上では他者の言葉や感情を聞き、働きかけ続けることで「生きている」表現になるのです。
「動詞で考える」ことは気持ちや状態を深め、作品世界で他者と交流するためのもの。
そして、「聞く」「働きかける」ことがその第一歩です。
もちろん、この考え方がすべてを支配するわけではないのですが、「動詞で考える」というひとつの拠り所があることで違う考え方やアプローチ方法への理解も深まると考えられます。何もないところからではなく、ひとつある何かから距離を測りつつ考えを進めようということです。
また、表現において感性や感覚的なものを生かしていくためにも、その土台をしっかりしたもの、きちんと底上げされたものにしようということでもあります。
ぜひ、体感してください。
動詞を使ってみよう!
① 舞台上での現象について
今、相手の心や身体に向かって、または自分自身に向かってなにをしているのかをはっきりさせることで、言葉や感情などの情報を有意に交換する「対話」をしやすくさせる。
人物の気持ちや状況を表すだけでなく、相手や自分自身との対話を積み重ねることでドラマを作ろうということです。
ただし、この意識付けは入念な稽古によって無意識的なものとして演じられなければなりません。
② 表現者の準備について
なぜ(WHY)と問いかけることで、役や自分自身の内側に深く分け入っていく。
また、どうやって(HOW)と問いかけることで、表現方法を考える。
WHYの例)
長い説明ではなく、シンプルな言葉でつないでいきます。
それはなぜか、なぜそうするのかという問いかけを繰り返すことで、その人が意識的にしていることや生きるうえで無意識に抱えている問題、逃れようのない病気のようなものに触れようとしていきます。
これを私は、その人の「核のようなもの」と呼んでいます。
地球をイメージしていただきたいのですが、核のまわりにマントルがあり、地殻があり、様々な大陸や島、海洋となっています。
ある物語の登場人物もこれと同じように考えていくことができるのではないでしょうか。このWHYの連続は、豊かな感性を持ち多面的な存在である人物の「核のようなもの」にまずは近づいていこうとするものです。
たくさんの要素、生い立ちや関係などの状況、心理的な側面などなど複雑に絡み合っている人間を表現するために、「核のようなもの」をまずはシンプルに研ぎ澄まされた言葉で表してみるのです。
もちろん、その言葉はいつでも変化していっていいものです。作品や人物への理解が深まるにつれ、「核のようなもの」を表す言葉が変化するのは当然です。この表現者の準備は公演が終了するまで続いていく問いかけなのかもしれません。
そして、そのような核やそこに至るまでの理由を考えることは作品や役に対する理解を深めることでもあります。
ではそれをどう表現するのか(HOW)と様々な角度から考え、やってみることで演技はより信憑性を増していきます。
③ 作品を理解し、葛藤を生み出す「長中短期の動詞」が道しるべ
-
物語全体
長期の動詞
この物語全体でなにをし続けているのか?
-
この場面
中期の動詞
この場面でなにをし続けているのか?
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今
短期の動詞
今、なにをしているのか?
大まかに上記の3つの視点から考えてみます。
作品の構造を理解するきっかけになることはもちろん、長期的動詞と中期的動詞が相反するということがあったときには、その人物の葛藤がとても大きいということがわかります。
例えば、恋人同士の物語で男は物語を通して彼女と一緒にいようとしている(長期的動詞)のに、ある場面では別れようとしている(中期的動詞)、そしてあるセリフのところで彼女を追い出した(短期的動詞)というものがあったとします。
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物語全体
長期の動詞
彼女と一緒にいようとしている
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ある場面
中期の動詞
別れようとしている
-
今
短期の動詞
彼女を追い出した
一緒にいようとしているのに、別れようとしている…。
この相反する動詞が一人の人物に共存しているというのは、かなり大きな葛藤です。いったいどんな事情があったのでしょうか?
これは分かりやすい例ですが、葛藤の大きさを具体的に知ることでその表現方法はより大胆になるかもしれません。
逆に言えば、ある場面でなにをしているかわからないときなどに、わざと長期的動詞と反対の中期的動詞を仮定してみることで、解釈の幅が広がることもあるでしょう。
また、自分の先入観をなくしてみるために、わざと素直に読んだ解釈とは反対の動詞(リバース動詞)をたてることに挑戦してみるのも、作品や演技に意外性をもたらすでしょう。人間は、他人には計り知れない判断をすることがありますから。
④ 念頭においてもらいたいこと
この「動詞で考える」という手法はあくまでもひとつの手法です。ただ、演劇にたくさんの考え方があるなかで、私が表現を追求するうえで拠り所になりうると思っている考え方であり、欧米演劇や日本のいわゆる新劇における考え方の延長にある手法です。
ですので、ひとつの作品でも、ある部分にではこの考え方を適用しない場合がありうるということですし、この手法にこだわることはあっても囚われることではないということです。
⑤ 最後に
人間は論理的でない行動をしますし、理解不能なこともします。善なる行いをすると同時に悪いことに手を染めてしまうこともあります。アンビバレントなことがその心に共存している、不可思議で興味深いものです。計算どおりになどいきません。
ただ、前述したように、ある考え方を対称軸にすることでそのほかの考え方との距離感を測ることができるし、表現するうえでより多くの選択肢を持てるはずです。
また、動詞というと「~する」が中心になってしまいますが、「~しない」という選択肢も持っているべきです。
さらに、表現者としては反社会的だったり倫理にもとることにつながる選択肢をも排除すべきではないと思っています。
表現へのあらゆる可能性を信じるために、「~しない」も動詞と考え、失敗や過ちというようなネガティブ系の事柄にも価値を見出したいと思っています。
舞台上で「生きる」ことが目的ですので。
今、「聞く」という動詞がすべての始まりだと思っています。


